私たちの暮らしに欠かせない下水処理施設。
毎日たくさんの水をきれいにして、自然に戻してくれています。でも、そんな下水処理施設には、時に困った「やっかいもの」が現れることがあります。
それが「ストルバイト」です。一見、ただの結晶のように見えますが、実はこのストルバイト、使い方次第で地球にもお財布にも優しい「宝物」に生まれ変わる可能性を秘めているんです。
今回は、このストルバイトが引き起こす問題から、驚きの活用法まで、その秘密に迫ってみましょう!
😵💫下水処理施設を悩ませるストルバイトとは?
ストルバイトは、正確にはリン酸マグネシウムアンモニウム六水和物(MAP)と呼ばれる結晶です。私たちの身の回りでは、グアノ(海鳥の糞が堆積したもの)や牛の糞など、腐敗した有機物の中に自然に存在することがあります。驚くことに、人間や動物の腎臓結石の成分としても見つかることがあるんですよ。
では、なぜこれが下水処理施設で問題になるのでしょうか?下水処理施設、特に微生物の働きで汚れを取り除いたり、汚泥(下水から出る固形物)を分解してメタンガスなどを取り出す施設では、このストルバイトができやすい環境になります。
ストルバイトができてしまうと、主に施設の中にある配管やポンプ、バルブといった重要な設備に固くこびりつき、まるで血管が詰まるように流れが悪くなったり、完全に詰まってしまったりするトラブルを引き起こします。
具体的には、写真でも紹介されているように、配管の内側に分厚くストルバイトが堆積し、水の流れるスペースが極端に狭まってしまうことがあります。こうなると、水を送るポンプに余計な負荷がかかって電気代が増えたり、設備が壊れたりして修理にたくさんお金がかかってしまいます。配管が詰まると、施設全体の処理能力が落ちてしまうという、深刻な影響も出るんです。研究によっては、条件が悪いと1年半もたたないうちに配管が完全に詰まる可能性も指摘されています。
では、どんな時にストルバイトはできやすいのでしょうか?ストルバイトは、その名の通り、マグネシウム、アンモニウム(窒素の一種)、そしてリン酸という成分が適切なバランスで存在し、さらにpH(酸性かアルカリ性かを示す数値)が高い環境でできやすくなります。特にpHの影響は大きく、pHが高いほどストルバイトはできやすくなることが分かっています。また、温度や他の物質の存在も影響します。下水処理施設の特定の場所、例えば汚泥を分解した後の液(嫌気性消化上澄み液)や、汚泥を絞った後の液(脱水ろ液やCentrate)は、これらの成分濃度が高くなりやすいので、特にストルバイトができやすい「ホットスポット」となります。
🤔どうやってストルバイトの困りごとを解決するの?
下水処理施設では、この困りもののストルバイトによるトラブルを避けるために、様々な対策が取られています。
まず考えられるのは、ストルバイトができにくい環境を作る方法です。先ほどpHが高いとできやすいとお話ししましたが、**pHをできるだけ低く保つ**ことが、ストルバイトの生成を抑えるのに効果的です。pHを調整するために、水酸化ナトリウム(NaOH)などの薬品が使われることがあります。他にも、水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)や、場所によっては海水(マグネシウムを含んでいるため)を使う方法も検討されています。
また、ストルバイトの元になる成分のバランスを調整するために、**特定の化学薬品を加える**こともあります。例えば、鉄の塩やアルム(アルミニウムの塩)などを利用して、リンをストルバイト以外の形で沈殿させる方法です。マグネシウム濃度が足りない場合に、塩化マグネシウムなどを加えてストルバイトとして回収しやすくすることもあります。
施設の設計段階で、将来的なストルバイトの発生を想定した**「予防設計」**を取り入れることも重要です。例えば、配管を詰まりにくい形状にしたり、清掃しやすいようにメンテナンス用の開口部(清掃口)を設けたり、内側がストルバイトのつきにくい材質(ガラスライニングなど)の配管を使ったりする工夫がなされます。
もし、ストルバイトがすでにできてしまった場合には、それを取り除く必要があります。物理的な方法としては、強力な吸引車で吸い出したり、高圧洗浄車で水を勢いよく噴射して剥がしたりする方法が一般的です。
これらの対策は、ストルバイトによるトラブルを防ぐために行われるものですが、「困りものだからなくしてしまおう」というだけではなく、「**困りものとして増えないようにコントロールして、うまく回収して利用しよう**」という考え方も広まってきています。これが、次にお話しする「資源」としてのストルバイト活用につながるんです。
✨ストルバイトを資源として生まれ変わらせる!リン回収技術の可能性
実は、下水処理施設でやっかい者扱いされているストルバイトは、とても価値のある「宝物」になるポテンシャルを秘めています。その一番の使い道は、**肥料**です。
ストルバイトを結晶のまま肥料として使うと、成分であるリン酸がゆっくりと土の中に溶け出し、植物にじわじわと栄養を与え続けるという特性があります。これは、一度に多くの栄養が溶け出して雨で流されてしまう一般的な肥料と比べて、より効率的に、そして環境への負荷を少なく栄養を与えることができるというメリットがあります。ある研究では、ストルバイト肥料を使った白菜の生育が、他の市販肥料よりも良かったという結果も出ています。
この「宝物」を効率的に回収するために開発されているのが、**リン回収技術(晶析法)**です。この技術は、ストルバイトができやすい特定の場所(成分濃度が高い場所)で、意図的にストルバイトを結晶として成長させて回収するというものです。pHを調整したり、ストルバイトの「種」となる小さな結晶を加えたりして、大きな結晶に育てて回収します。このような技術を用いることで、高濃度のリンを含んだ排水から効率よくリンを取り除くことができるんです。
日本の企業も、下水処理場を対象にしたリン回収装置を開発・販売しています。ある装置では、し尿から出るリン酸の90%以上を、純度の高いストルバイト結晶として回収できるそうです。欧州で開発され、アメリカなどでも実績のあるMagPrexのような技術も、ストルバイト回収のために使われています。また、リンを多く含むバイオマス(生物由来の原料)を熱で処理して回収する新しい技術も研究・開発が進んでいます。
回収されたストルバイトは、そのまま、あるいは加工して肥料として使われます。肥料として使う上で気になるのが、下水に混じっているかもしれない有害な重金属ですが、ストルバイトとして回収されたものの中には、重金属の濃度が基準以下であることが確認されているものもあります。また、汚泥を燃やして灰にする際に、熱処理などの特別な工程を加えることで、重金属を大幅に減らす技術も開発されています。これにより、より安全性の高い肥料成分として利用できる可能性が広がっています。
ストルバイトは、下水汚泥だけでなく、食品工場や化学工場から出る副産物、さらにはバイオガス発電の後に残る液(発酵残渣)からもリンを回収できる可能性があります。特にバイオガス発酵残渣は、リンを多く含んでおり、これも肥料成分として利用するための研究が進められています。
🌍なぜリン回収が大切なの?環境と経済のメリット
なぜ、このようにストルバイトをわざわざ回収して肥料として使おうとする動きが広がっているのでしょうか?そこには、環境と経済、両面での大きなメリットがあるからです。
まず、環境面から見ると、**リンは実は有限な資源**です。地球上に存在するリンの量は限られており、主に鉱山から採掘されています。このまま使い続けると、将来的に枯渇する心配があるのです。下水の中に含まれるリンを回収して再利用することは、貴重なリン資源を無駄にせず、**循環させて利用する**ために非常に重要です。
また、下水処理施設からリンを含む処理水をそのまま自然界に戻してしまうと、湖や海の富栄養化(栄養分が増えすぎて生態系のバランスが崩れる現象)を引き起こす原因となります。ストルバイトとしてリンを回収することで、この**富栄養化を防ぎ、水環境を守る**ことにもつながります。さらに、下水汚泥を処理する際に発生する汚染物質を軽減できる可能性も示されています。
経済面でも、リン回収にはメリットがあります。まず、ストルバイトの付着による**配管の詰まりや設備の故障が減る**ことで、修理や清掃にかかる**維持管理コストを大幅に削減**できます。汚泥の量を減らすことによる管理コストの削減にもつながります。そして、回収したストルバイトを肥料として販売すれば、**新たな収入源**にもなります。薬品の使用量を減らすことによるコスト削減も期待できます。
ただし、リン回収事業が経済的に成り立つかどうかは、回収コストや肥料としての販売価格など、様々な条件に左右されます。ある試算では、肥料販売による収入だけでは、回収に必要な薬品コストを全て賄うのは難しい場合もあるとされています。それでも、環境負荷を減らし、資源を有効活用するという視点からは、非常に価値のある取り組みであり、持続可能な社会を作るための重要な技術となりうるでしょう。
🇯🇵日本の下水道管路管理とストルバイト問題
ここで少し、私たちの足元にある下水道管路にも目を向けてみましょう。日本の下水道管路は、全国で約50万キロメートルもあり、これは地球12周分以上の長さになります。材質は塩化ビニル管やコンクリート管が多いです。これらの管路は、私たちの生活で使った水を下水処理場まで運ぶという、なくてはならない役割を担っています。
下水処理場だけでなく、これらの管路も適切に管理することが非常に重要です。管路の中に土砂や木の根、油などが溜まって詰まってしまうと、下水が地上に溢れ出たり、管路が破損して道路が陥没する事故につながったりすることもあります。また、下水が滞留すると硫化水素が発生して、嫌な臭いの原因にもなります。このようなトラブルを防ぐために、管路の状態を点検し、詰まりがあれば清掃したり、壊れていれば修繕したり、必要なら新しい管に入れ替えたりする作業が日々行われています。清掃の主な原因物としては、木の根やラード(油)、モルタル土砂などが挙げられています。
ストルバイトによる管路の閉塞は、主に下水処理施設内の特定の場所で起こりやすいとされていますが、下水道管路においても、条件によってはストルバイトが堆積し、詰まりの原因の一つとなる可能性は考えられます。日本の下水道管路管理では、堆積物による閉塞を防ぐための清掃が重要視されており、ストルバイトのような硬い結晶の堆積も、こうした維持管理の対象となり得るでしょう。近年では、下水道施設を長く安全に使うために、施設の状況を把握して計画的に管理する「ストックマネジメント」という考え方が進められています。また、管路管理を適切に行うための専門的な知識や技術を持った「下水道管路管理技士」という資格制度も整備されています。
🐠まとめ:やっかいものが恵みに変わる日
ストルバイトは、下水処理施設にとってはトラブルの元となるやっかい者でした。でも、その正体を知り、適切な技術で「制御」し「回収」することで、私たちの暮らしや地球環境にとって役立つ「宝物」、特にリン資源を循環させるための貴重な資源に生まれ変わる可能性が見えてきました。
これはまるで、家庭から出る生ゴミが、微生物の働きで栄養たっぷりの堆肥になり、畑で美味しい野菜を育てるのに役立つ循環に似ています。下水から出るストルバイトも、適切に活用すれば、地球の限りある資源を守り、持続可能な未来を育む恵みとなるのです。
皆さんの普段の生活を支えている下水処理や、私たちの足元にある下水道管路も、日々様々な技術や工夫で守られています。ストルバイトのように、困りものだと思っていたものが、見方を変えたり技術を組み合わせたりすることで、価値ある資源に変わる。そんな可能性に満ちた下水道の世界に、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです!